ことばのココロ 第14回
古風な男
「吉田さん。何かございましたら、何なりとお申し付けください」と、青年は成田空港のエスカレーターで私の横に立ち、大きな体を折り曲げてそっと囁いた。私は、〝ハ?〟と自らの耳を疑い彼の顔を見た。青年は、平然とエスカレーターを歩いていく。彼は私の執事でも、ホテルの支配人でもない、取材旅行に同行してくれるスタッフの一人である。
一月。厳寒のカナダへ一〇日間ほどシナリオハンティングに行ってきた。とあるドラマの企画立ち上げの情報収集のためである。私がカナダに行くのは、一五年ぶり。それも、『赤毛のアン』で有名なプリンスエドワード島(すばらしく美しい島だった!)に過去に一度行っただけ。ほぼ初めてに近い国である。しかも今回は、西はバンクーバー、ビクトリア、そこからフェリーで三〇分ほど渡りソルト・スプリング島、さらに、カルガリーからロッキー山脈のふもとの町バンフを回るという強行軍。
カナダに強い人をということで、選ばれたスタッフの一人がS青年であった。S君は、一五歳から約一〇年間(高校から大学まで)カナダに単身留学した経歴の持ち主だという。その話を聞き、どんなインターナショナルな若者がやってくるのだろうと思ったら、いきなり「何なりとお申し付けください」である。コレには内心驚いた。今どきの日本人の若者にこんな丁寧な日本語を使う人がいるであろうか。
せいぜい「何かあったら言ってくださいね」くらいであろう。しかも、荷物まで持ってくれる。「いいです。大丈夫」と言っても、「いえ、僕がお持ちします」と、ドンドンかついでいってしまう。通訳はしてくれるし、街は案内してくれるし、カナダ仕込みのレディーファーストで、車のドアは開けてくれるしと、本当にいたれりつくせりの旅であった。その間、ずっと彼は端正な言葉遣いを通していた。いや、端正な……というのは、ちょっと褒めすぎかもしれない。正直に言ってしまうと、ちょっと日本語が古くさいのである。
旅の途中で「どうしてそんな丁寧な言葉遣いなの?」と、質問してみた。すると本当に困惑した顔で「カナダで一〇年以上英語を使う生活をして、戻ってきてすぐに田舎の祖父母の所に行って暮らしていたので、日本語が古くさくなってしまったみたいなんです。日本では、お前の日本語は変だって言われるし、カナダの友達には、お前の英語は変だって言われるし……」と、溜息まじりに言うのだった。
本人には気の毒であるが、その姿があまりにも大真面目で、逆にユーモラスにさえ感じられる。青年よ、可哀想だが仕方がない。でも君は、古風ながらも立派に日本男児のDNAを受け継いでいる。だからいいではないか! 君みたいな男を「好青年」と我々は呼ぶのである。海外生活が長いゆえに、古きよき日本人的な言葉遣いになってしまうのは、皮肉である。
そういえば、以前、我が家に日系三世のカナダ人が泊まりに来た時、「すみませんが、〝寝間着〟貸してもらえますか」とか「今日は東京を〝方々(ほうぼう)〟散策してきます」などと、今どきの若者は決して使わないような日本語を使っていたっけ。そのたび「アーサー(彼の名前)、その日本語、変!」と皆で笑ってしまったが、アーサーも内心傷ついていたのかな。ゴメンね、アーサー。