月刊日本語(現 日本語教育ジャーナル)にて2007年4月号~2010年6月号まで連載

ことばのココロ 第13回

今夜の私の姿は忘れて!


 さて、先月に引き続きLUNA SEAのお話。一〇年前、河村隆一君とドラマの仕事をして以来、彼がボーカルを務めるビジュアル系ロックバンドLUNA SEAにはまり、友人と二人、コンサートに通うようになった私。
 しかし、通いはじめて三年後の二〇〇〇年一二月、突如、LUNA SEAは解散してしまう。ああ、なんという悲しき出来事。以来、まるで憧れの先輩が卒業してしまった後の女子高生のような寂しさを心に抱え、日々を過ごしていた。
 そのLUNA SEAが七年ぶりに復活、クリスマスイブに一夜限りのコンサートを行うと聞き、久々に私は燃えた。それを知ったのは昨年夏、ちょうど看病の甲斐なく父を亡くした直後。虚しさが吹き抜ける私の心に小さな希望の灯が灯ったのであった。
 コレは、どんな手を使ってでも行かねばなるまい。私は音楽業界にいる弟を脅し、チケットを強引に入手。二席を確保した。もちろん一席は、追っかけ仲間の友人(彼女はLUNA SEAを見て離婚の痛手から立ち直った)の分だ。ところが、コンサートを心待ちにしていたある日、その友人から電話が入る。長い間病床に伏していたお父様が、亡くなられたという。
 その四十九日の法要がコンサートにぶつかってしまい、行くことができなくなってしまったのだ。「楽しみにしてたけど、さすがに父親の法事に出ないわけにもいかないしね」と、冗談めかして言う彼女の声が、悲しげに受話器の向こうから響く。互いに父親を亡くし、「二〇〇七年は、忘れられない年になってしまったね」などと、中年ならではの会話をし、電話を切った。
 さて問題は、余ってしまった一枚のチケットである。世の中にはきっと、このチケットが喉から手が出るほど欲しい方も大勢いることだろう。何しろ五万枚が販売開始五分で完売してしまったプラチナチケットである。決して無駄にしてはならない。しかし、私の周りにLUNA SEAファンはいない。むしろ「ええ? どうして」と、冷ややかな目で見られることのほうが多い。恐る恐る学生時代の友人(編集者)に声を掛けてみると、「いいわよ! 行く行く」と快諾してくれた。

 コンサート当日、会場の東京ドームへ。勉強家の彼女は、一度も聞いたことのなかったLUNA SEAのアルバムをレンタルで聞き、予習も完璧だという。「どうだった?」と、私が聞くと「全部同じに聞こえた」と。正直な人である。でも、ライブがどんなものか興味があるので「全然OK」なんだそうである。
 一抹の不安が心をよぎる。たぶん、私と彼女が同じテンションを共有することはできないであろう。ということは、狂喜乱舞する私の姿を、編集者の冷静な目で見られてしまうのではないか。これは自重しなければ、しなければ、しなければ、しなければ……。
 が、ライブが始まった途端、そんな自制心は吹っ飛んだ。気がつくと「RYU~!」と叫び、新興宗教のごとく曲に合わせて手を振る自分がいた。ふと、横を向くと、ふふふと大人の笑みを浮かべる彼女。
 「お願い! 今夜の私の姿は忘れて!」と、私が大音響の中で叫ぶと、「絶対に忘れないわーっ!」と彼女。またひとつ、友人に弱みを握られてしまったのであった。

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