月刊日本語(現 日本語教育ジャーナル)にて2007年4月号~2010年6月号まで連載

ことばのココロ 第24回

画期的変化!②

物言わぬ息子



 思えば早起きは、子どものころから苦手だった。私の寝起きの悪さは尋常ではないらしく、「朝っぱらからそんな不機嫌な顔をするな」と何度母に怒られたことか。富良野塾時代、一緒に暮らした塾の仲間からも、「寝起きのノンちゃん(私のあだ名)にだけは声をかけたくない」と異口同音に言われた。自分では、ただ眠くてボンヤリしているだけなのだが、はたから見るとものすごい形相だったようだ。

 私は、二〇歳過ぎるまで、誰もが、朝起きた時は頭がボーッとしているものだと思い込んでいたのだが、ある時、世の中には、起きた途端に頭が冴え、爽やかな気分で一日の始まりを迎える人がいると知り驚愕した。
むしろその方が多数派だと皆に言われ、目からうろこが落ちると同時に、ものすごくうらやましく思ったものだ。

 そんな私が、犬を飼ったおかげで豹変した。「朝六時に起きている」と言うと、私を知る人は、皆一様に驚く。何を隠そう自分が一番驚いているのだが、仔犬が朝起きて、おしっこをしたいのではないかとか、お腹をすかせているのではないかと思うと、自然にパッと目が覚めてしまうのである。多少は眠いが、そんなことは言っていられない、あの子(犬)には私しか頼るものはないのだと思うと、ついシャキッとしてしまう。そして、気がつくとドッグフードの朝食を準備し、さっさとジャージに着替えて犬と散歩している自分がいた。これは、まさに子を育てる母の心境である。子どものいない私にとって、初めて経験する新鮮な感情であった。

 女性脚本家には、育児をしながら執筆を続けている人も多い。脚本家に限らず、仕事を持ちながら子育てをしているママたちは、皆タフで元気だ。多少の睡眠不足などものともしない。そのエネルギーはどこからくるのかとかねがね思っていたのだが、守るべきものがあると女は強くなるのだと実感した。

 犬の名前はBONBON《ボンボン》という。ラブラドール・レトリバーのオスである。生後三カ月で飛行機に乗せられ香川から東京にやってきた時には、不安げな顔で家の中をうろうろし、私を目で追い、後をくっついて歩いていた。その姿を見れば、愛おしくならざるを得ない。この時、世の母親たちが男の子を溺愛する感情もよくわかった。
 夏を過ごした軽井沢ではほぼ母子家庭。厳しく躾をし、キチンと言うことを聞いた日には、至極の喜びである。「よしよし」と頭をなでながら「お前には私しかいないのよ」と心の中でつぶやいている自分に気づき、つくづく人間の男の子を育てなくてよかったと思った。絶対にマザコン男にしてしまうに違いない。これは危険すぎる。でもかなりの快感でもあった。ふふふ。

 そして夏が過ぎ、軽井沢での母子生活も終わり、BONBONは(マザコンの)とっても物分かりのいい子になり、一緒に東京に戻ってきた。
 ところが! ところがである! 帰京し三日とたたないうちに、BONBONは、夫の虜になってしまった。私なんか見向きもせず、夫へまっしぐら。尻尾を回転させじゃれあって遊んでいる。私がいても「フンいたの? この人うるさいし。怖いし」って感じである。あぁ、従順な息子にある日突然「うるせえババア」と言われた気分。犬は物言わないが、態度で示す。その方がよほど残酷である。


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