月刊日本語(現 日本語教育ジャーナル)にて2007年4月号~2010年6月号まで連載

ことばのココロ 第25回

台湾ファン事情



 年明けに、二泊三日で台湾へ行ってきた。某TV局のドラマスタッフ十数名とのプライベート旅行である。プロデューサーのY氏が音頭を取り、毎年、年初に「昨年のお疲れ会」と称して、皆でアジアへ旅するのだが、これがなかなか楽しい。
 脚本家は、同じドラマに関わっていても、カメラマンや照明さん、音声さんなど現場スタッフの人たちとは、ほとんど言葉を交わすことがないが、この旅行に参加するようになり、ぐんと距離が近づいた。
 大人の修学旅行という感じで、わいわいがやがや観光したり、美味しいものを食べたりする。飛行機はエコノミー、宿泊も安価なホテル利用の気楽な会だ。これが、もう六、七年続いている。
 その旅に、今年はベテラン大物女優Kさんが参加することになった。スタッフの一人と最近結婚したKさんは「毎年みんなで楽しそうねえ。私も行きたいわ」と、自ら言い出したのだ! 幹事のY氏は、頭を抱えた。予定しているのはHISの台湾二泊三日格安ツアーである。天下の大物女優さんを参加させていいのだろうか。しかし、彼は、勇気を出して言ってみた。「皆さんと同じでよかったら来てくださいっ!」。Kさんは、それでもいいとおっしゃったらしい。

 一月某日。かくして、中華航空エコノミークラスの座席に、Kさんは座っていた。台湾の空港に着くと、迎えに来たのは大型バス。何組かのツアーと乗り合いで、そのまま免税店に連れて行かれてしまった。しかし、Kさんは、マスクもサングラスもせずにごく自然体。私が免税店のトイレに入ると、若い女の子がヒソヒソ声で「ねえ、バスの中にいた人、女優のKさんにそっくりやない?」「えぇ! まさか、そんなわけないやん」「ううん。声まで同じやった」などと囁きあっている。彼女たちもさぞ驚いたことだろう。しかし、大っぴらに騒がれることもなく、無事ホテルに到着した。
 翌日、街を歩いていると、Kさんは、時折日本人観光客に声をかけられたが、彼らは遠慮がちに握手を求める程度だった。しかし、台湾の人は違った。ある寺院を歩いている時、前方から日本人観光客を引き連れた台湾人女性ガイドがやって来た。彼女はKさんに気づくと、いきなり仁王立ちになり、Kさんを指差し大声で叫んだのだ。「ア~ッ!! アナタハ有名ナ日本ノ俳優サンデスネ! 皆サン彼女ハ日本ノ有名ナ俳優サンデス!」その声に、日本人観光客たちはざわめき、一斉にKさんに注目。これには驚いたが、笑ってしまった。ふと見ると、Kさんも笑っていた。夜、台湾名物の夜市を歩いている時も、Kさんは何人もの台湾人に「××のママ役の人ね!」「見たことある!」と指を差されていた。
 台湾で日本のドラマが流行っていると聞いていたが、これほどまでとは思わなかった。有名人は大変である。それにしても台湾の人々は、感情表現が素直というか、ストレートというか。これもお国柄だろうか。

 さて、大騒ぎのツアーも終了し、帰国後、幹事Y氏は、Kさんがエコノミークラスに乗ったのは、生まれて初めてだったと知る。冷や汗をかいているY氏に、Kさんは、ニッコリほほえみ言ったそうだ。「楽しかったわ。また近々企画してね」本気にしていいものかどうか、Y氏はいまだに悩んでいる。

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