月刊日本語(現 日本語教育ジャーナル)にて2007年4月号~2010年6月号まで連載

ことばのココロ 第2回

少年よ、大志を抱け







 「少年よ、大志を抱け」。クラーク博士の有名なこの言葉に、続きがあるのをご存じだろうか。「お金のためではなく、私欲のためでもなく、名声という空虚な志のためでもなく、人はいかにあるべきか、その道を全うするために大志を抱け」と続くのである。
 このことを知り、感じ入って、昨年秋に放送した『Dr.コトー診療所2006』の第一話に使わせてもらった。『Dr.コトー診療所』は、日本の最西端の離島に、とある事情から移り住んだ若き外科医が、島民との交流を深めながら、真の医療とは何かを考えていく――簡単に言うと、こんな物語である。
 その中に、コトー先生と仲良くなる漁師の息子タケヒロ少年が登場する。彼はコトーに憧れて医者を目指し、齢(よわい)一二歳で親元を離れ、ひとり東京で私立有名中学を受験する。その合格のお祝いに、コトー先生が贈った言葉が「少年よ、大志を抱け」というわけである。この言葉は、シリーズ全体を貫くテーマとなり、ドラマも好評のうちに終了し、私としては、大変幸せな仕事となった。


 ところがある日、「どうしてくれるの~」と、嘆きの電話が友人からかかってきた。
小学校四年生の息子が、ドラマを見てその気になり、〝お受験〟で苦労して入れた某私大付属小学校を辞め、別の有名中学を受験したいと言い出したというのである。
 自ら塾まで選び、週四日通わせてほしいと言ってきかないという。小学校に受かった時、これで大学まで行けて安泰だと思っていたのに、親としては、あの苦難の日々がまた始まるかと思うと胃が痛くなるという。何がどうしてそうなったのか。
 よくよく考えてみたら、番組が始まる前、「今度のシリーズはどんな話ですか?」と、彼に聞かれ、何の気なしに「第一話は君へのメッセージのようなものかな」と、言ったからではないかと気付き、蒼白になった。

 その彼から、毎年クリスマスに作文をもらう。小学生とは思えないような端正な文章で、テロに心を痛めたり、オリンピック開催地は東京ではなく広島にすれば、平和の象徴となるのに、なんて書いてある! すごい!
 自分が小学生のころを振り返っても、コタツでおやつを食べながら漫画を読むのが楽しみだったということくらいしか思い出せないのに、世の中には、見上げた子どもがいるものである。
 彼からは時々、メールや可愛いカードも送られて来る。ある時、「僕の気持ちをわかってくれるのは紀子さんだけです。僕は紀子さんを第二の母と思って、勉強がんばります」と書いてきた。
〝第二の母〟。微妙な言葉である。ほかに何かないのか。でもまあ、お姉さんはずうずうしいし、母なんだろうと納得した。


 少年よ、大志を抱くのは大いに結構。だが、今は、ただ無事、有名中学に受かって第一の母を安心させてあげてくれ、と願うばかりである。同時に、少年の理想を崩さないよう、日々精進せねばと、心ひそかに誓った〝第二の母〟であった。

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