月刊日本語(現 日本語教育ジャーナル)にて2007年4月号~2010年6月号まで連載

ことばのココロ 第18回

テーブル騒動 その二 「その方が面白いンだもん」


 前号で、亡父のマンションを引きあげるにあたり、遺品の保管場所のためもあり、仕事場を借りたことを書いた。ところが、引っ越し当日になり、父のダイニングテーブルが大きすぎて、新しい仕事場の玄関扉から入らないことが判明。すったもんだの挙句、テーブルは、引っ越し屋の事務所に引きとられることになった。

 ガランとした仕事場のリビングで、私はぼんやり考えていた。いったい何のためにここを借りたのか……。悶々としていたその時、電話が鳴った。電話は、義妹(夫の妹)からだった。「テーブルのことを考えると、五歳は老け込んだ気がする―」。私がそうぼやくと、義妹は、電話口で力強くキッパリと言った。「それはもったいない! わかった! 私が何とかする! 任せて!」

 それからの義妹の活躍ぶりはすさまじかった。即座に実家に電話し、お義母さんに、今使っているダイニングテーブルのかわりに、亡父のテーブルを置くことを承諾させ(嫁の私には、いくらなんでも、ずうずうしくてそんなことは言えません)、さらに、引っ越し屋に交渉し、すでに事務所に収まっていたであろうテーブルを、実家に転送搬入する約束を取り付けてしまったのだ。それも、運送料無料で。
「どうやってそんなこと」と聞いたら、「情よ!」と彼女。「『お父さんの形見なんです。大事な品なんです。お願いします!』 って懇願したのよ。そしたら、事務の女の子が、『わかりました、そういうことなら私も協力しましょう!』ってね。へへへ」。それで、万事スムーズにことが運んだらしい。感動した。さすがは、三児の母、肝っ玉が据わっている。しかも押しが強く、愛が深い。「これで、お正月みんなで集まった時、吉田のお父さん(父のこと)と一緒の気がするじゃない」。彼女は、そう言って笑った。

 数日後、テーブルは無事、夫の実家のリビングに入れられた。義父母の使っていたダイニングテーブルは、なぜかテレビ台と化していたが、意外に違和感なく、リビングにキチンと収まっていた。義父母も思いのほかテーブルを気に入ってくれた様子。めでたしめでたし。私は心の中でつぶやいた。
 それから数週間たったある日。私のもとに、ある編集者からメールが来た。その中に「吉田さん、仕事場用に新しく買ったテーブルが、ドアから入らなかったそうで。漫画家のY先生が、面白おかしく話してくれましたよ」という一文があった。新しく(・・・)買った(・・・)テーブル!? 確かに私はその人気漫画家氏に、今回のテーブル騒動のことを話したが、まったく歪曲されて伝わっているではないか! 新しく買ったテーブルが、入らないなんて、とんだ間抜けな話である。急いで電話し問い詰めると、漫画家氏はすまなそうな声で言った。「だって、そのほうが面白いと思ったンだもん。編集のAさん、うれしそうに身を乗り出してくるし。つい」

 漫画家にうかつなことは言えない。彼らは、話を面白く創作するのが生業(なりわい)だということをすっかり忘れていた私であった。さて、この連載をずっと読んでくださっている方はお気づきと思うが、私の知り合いの人気漫画家といえば、『Dr.コトー診療所』の山田貴敏氏くらいである。へへへ、バラしちゃった。これは脚本家の報復である。


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