ドラマな日々 第23回
親切な大家さん
今年の夏、ついに数年来の夢が叶い、東京の猛暑を逃れるべく軽井沢に仕事場を借り、東京と行ったり来たりの生活をしている。春くらいから、軽井沢に何回か通い別荘巡りをしていたのだが、なかなかコレといった物件は見つからなかった。豪華だが、家賃が高すぎたり、眺望は抜群だが、山の斜面の絶壁に建っていて、テラスに出ると脚が震えてしまったり(私は高所恐怖症!)、ログハウスでいいなあ~と思った家は、なぜか玄関にたどりつくまでに、板で下が透けて見える外階段を、60段くらい上らなければいけない、まるで、SASUKEのセットのような作りだったり(これじゃ毎日筋肉痛!)と、帯に短したすきに長しという感じ。別荘建築というのは、究極の趣味であり贅沢、ついつい他に無いものを、と肩に力が入ってしまうのか、個性的過ぎる家ばかり。で、最終的に決めたのは、知人に紹介してもらった、とある瀟洒な別荘地にある、建築的にはごくオーソドックスな一軒家。もっとも、オープンデッキがついているのは、東京のマンション住まいの私にとっては、溜飲モノだったし、リビングも広く、ちょうど書斎に使えそうな部屋もあり、ゲストルームもありのいたれりつくせりの家であった。その家のオーナーご夫妻も、同じ敷地内にお住まいで、今は仕事も引退され、まさに悠々自適の生活をされている様子。私も仕事柄、ひとりで家にこもり執筆することも多いので、山中の一軒家より、何かあった時にすぐに飛んでいける距離に人がいた方が安心という思いもあって、その家をお借りすることにした。ところが、暮らし始めて判ったことは!? オーナーの81歳のおじいちゃま。この方が何より個性的でいらしたということであった! つい最近までバリバリご自分で事業をされていたとあって、ものすごくパワフルでお元気。すごい行動力! 春に行った時、「隣の空き地ね~。なんか気になるからテニスコートにでもしようと思って」と言ってらして、翌々週にたずねたら、もう照明施設のあるコートが出来上がっていた。契約が済んだ翌日、東京に「あのね。表札つくっておいてあげたから。郵便屋さんが、わからなかったら困るから」とのお電話。引越し当日、玄関を見てビックリ! 門柱にしっかりと打ちつけられた私のフルネームの表札プレート、そして郵便受けには、「ご苦労様です。吉田紀子」の文字が! (今まで、自分の郵便受けに"ご苦労様です"なんて書いたこともなかった!) 入居し数日後、オープンデッキに置いてあったパラソルを立てる台が見つからず「どうやって立てたらいいんでしょうか?」と、たずねた翌朝、ふとデッキを見ると、新品のウッドテーブルが運び込まれているではないか?! 「そ、そんなつもりじゃ」と、言おうとしたのだが、オーナーは、「さ。これで、ここでお茶が飲めるよ」と笑顔で、去って行ってしまった。さらに私は、うっかり「庭で鳥の餌付けしてもかまわないですか?」と、聞いてしまった。翌日、部屋で仕事をしていたら、外でドンドンと何かを打ち付ける音が! 何か工事でもしているのかと庭を見たら、手作りの餌台が出来上がっていた! 中をのぞくと鳥の餌のヒマワリの種までちゃんと置いてある。「この辺の鳥はヒマワリが一番、リスも来るよ。残りの餌、その物置の棚の中に入れておいたからね」。オーナーが去った後、そっと物置を開けたら、ドーンと一袋!この夏中では使いきれないほどのヒマワリの種が置いてあったのであった。こんなに、よくしてもらっていいのかしら……。今はただ、あまりの親切に、不安の方が先に立ち、うかつなことは言うまいと心に誓った私だった。「ありがとうございます。オーナー!」と、ここでお礼言ってもしょうがないか?!
*2007年7月号掲載*