月刊日本語(現 日本語教育ジャーナル)にて2007年4月号~2010年6月号まで連載

ことばのココロ 第8回

軽井沢生活その二 みーんな、はまっちゃうカモ





 今月もひき続き、軽井沢から。ライフルと日本刀を玄関に置いて……は、いませんが、今のところ安全に暮らしています。と、書こうと思っていた矢先、旧軽井沢地区に、白昼、クマが現れ、女性が怪我をする事件が起きた。しかも、友人のオフィスのすぐ近くでだ。
 うーむ、やはり狩猟がご趣味の大家さんの家のすぐそばに住んでよかったと、胸をなで下ろしたところである。が、しかし、ここで疑問が……。もしも、人家の近くにクマやサルが現れ危害を加えたら、狩猟区域でなくても動物を撃っていいのだろうか? 一度ちゃんとその辺の法律を聞いてみよう。


 さて、その大家さんの老紳士、第一印象どおりのとても愉快なお人柄。気さくで親切でご夫婦共に明るい方なので、絶えず家にはたくさんの人が集まり、お顔も広い。ちょうど私のところへ父が来ていた時、予約が取れないので有名なフレンチレストランに誘っていただいた。
 レストランは木立の中にある瀟洒な一軒家を改装した店で、噂どおりの、いや、それ以上の美味しさであった。大家さんは、そのレストランのシェフとも大の仲良し。大家さんが富山湾で撃ったカモをそのままクール宅急便で軽井沢へ送り、届いたその日のうちにシェフがさばいてお客さんに出すなんてことをしているらしい。なんという贅沢。
 私もその時期になったら、ご相伴にあずかりたいと言うと、「そんなこと言ってないで、一緒に鴨撃ちに行こうよ。ここのママも、従業員の人も、みーんな猟にはまっちゃってさ~。みんな免許取ったンだよね」と大家さん。店で働く女性たちも皆ニコニコしながら、ウンウンとうなずいている。
 皆さんが狩猟免許を持っていることにも驚いたが、大家さんのボキャブラリーにも驚かされた。彼は大正生まれ、御年八一歳である。八一歳の方が「はまっちゃってさ~」と、おっしゃったのだ! この台詞! 脚本家としては、目を覚まされる思いだった。


 たいてい私たち(あえて私たちといわせていただく)脚本家は、老人の台詞を書くとき、「××じゃ」とか「××だわい」などと書いてしまうものだが(『Dr.コトー診療所』のおばあちゃん役、内(うち)さんにも、「コトーよお。あたしゃ、もうダメじゃ」とか「何を言っとるんじゃ」とか書いてしまった……)、しかし、現実の八一歳は、私の書く型にはまった台詞などをはるかに超えて、若々しい。
 ちなみに、大家さんは携帯電話も軽々と使いこなし、着メロは『涙そうそう』だ。
その携帯電話で電話してこられて、「今さあ、美味しいピザを買ったから、持ってってあげるから、夕飯あんまり食べないでおいてね。じゃあねえ~」と、電話を切られた。最後に、「じゃあねえ~」である。
 それを父に話したところ、七二歳の父も「じゃあねえ~」が気に入り、夜寝る時に「じゃあねえ~」と言いはじめた。若さと言葉は伝染する!?

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