月刊日本語(現 日本語教育ジャーナル)にて2007年4月号~2010年6月号まで連載

ことばのココロ 第21回

─軽井沢生活2008夏─

事実はドラマよりも奇なり?②


 先月に引き続き、アメリカ人ママ捕獲作戦のお話。今年の夏も、軽井沢に借りた仕事場で過ごしていた私。お隣の大家さん宅には、お盆に親族一同が集まり、夕食に招かれた私は、一緒に楽しいひと時を過ごしていた。
 そこへハワイ在住の大家さんの次女(旦那様はアメリカ人)から電話が入る。テキサスから一足先に来日し富士山観光をしているはずの旦那様のママが、親戚のパキスタン人の車に乗せられ、七時間以上も飲まず食わずで連れ回されて電話口で泣いているという。助けようにも、次女夫婦はまだハワイ。そこで実家へ助けを求めてきたのだった。

 それからの軽井沢は大騒ぎ。タメラさんというママの携帯に電話すると、ママはかなり混乱、電話を代わった日本人の女の子は、自分のことをアンジーと名乗り、ラリッていて話が通じない。「もしかしたら、お金目当ての誘拐?」と言ったのは、大家さんの奥様であった。
 大家さんは、東京に住む長男夫婦にタメラさんを捕獲(・・)させることを思いつき、彼らを電話でたたき起こし、青山のスーパーマーケット、ピーコック前に待機するよう指示。そこにパキスタン人の車を軽井沢から電話で誘導することになった。とにかくタメラさんを車から救い出して安全な場所に移さねばということで、大家さんがよく利用している青山のホテルに泊まってもらうことにした。

 長男Kさん夫婦は、夜の一〇時半過ぎ、指示通り青山ピーコック前で待っていた。しかし、待てど暮らせどそれらしき車は来ない。一方軽井沢では、ラリッたアンジーに必死に道順を教える長女Mさん。しかしアンジーはなかなか手ごわく、池袋にいたかと思うと、青山を通り越し「あ、今、霞ヶ関ですぅ~!」などと翻弄してくる。Mさんは疲れ果て、夫に電話を代わった。あまり長く話しているとママの携帯の電池も切れてしまうかもしれない。そうなったら連絡は取れなくなってしまう! いざとなったら、やはり警察に連絡するしかないのか。皆の間に、そんな思いがよぎる。
 気がつくと、時計はすでに一一時を回っていた。私は、タメラさんの無事を祈りつつ家に戻った。まさかとは思うけど、本当に誘拐だったら大変な騒ぎだ。明日のニュースになってしまったらどうしようなどと、ちょっとドキドキしながらベッドに入った。

 そして翌朝。一〇時ごろだっただろうか。私が少し遅い犬の散歩に出ると、大家さんの庭から「アハハハ~」と大きな笑い声が聞こえてきた。そこには、Mさん夫婦と英語で談笑する大柄な白人女性の姿があった。身長一七〇センチ強、体重は優に百キロを超えていると思われる立派な体躯のその女性こそタメラさんであった!
 昨夜、電話口で泣き、怯えていたはずじゃなかったの!? 青山のホテルは? 一体いつの間に軽井沢に? 私の想像の中のタメラさんは、小さくか弱い上品な白人マダムであった。しかし実際のタメラさんは、私の連れていた仔犬を見つけると、「オー! パピー!」と大きな体を揺すりながらドドドと駆け寄ってきて、「オー キュート!」と言いながら太い腕でグイグイと仔犬を抱きしめたのであった。あっけにとられている私に、後日、長男夫婦がことの顚末を話してくれたのだが、その話はまた次回。



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