月刊日本語(現 日本語教育ジャーナル)にて2007年4月号~2010年6月号まで連載

ことばのココロ 第16

「たかがドラマ、されどドラマ」 



 先月に引き続き、鹿児島県甑島の診療所の外科医、瀬戸上(せとうえ)健二郎先生のお話。私が脚本を担当した『Dr.コトー診療所』のモデル瀬戸上先生は、ドラマ同様、離島の設備の少ない診療所で数々のオペをこなしてきた方だ。一分一秒を争う状況の中、先生と数少ないスタッフの力だけで、島民の命を救ったことも多々あったという。一方で、過疎の島のホームドクターとして地道な医療活動を続けられてきた。

 ドラマ化が決まりいちばん心配だったのは、そんな瀬戸上先生をマスコミの騒ぎに巻き込んでしまうのではないかということだった。実際、ドラマ放映後、雑誌やテレビの取材が殺到したらしいが、先生は取材のほとんどを断り、沈黙を守った。しかし、夏休みに島出身の親たちとともに島に帰ってきた小学生たちの訪問だけは断りきれず、一緒に写真を撮ってとせがまれたりしたようだ。
 子どもたちの質問の中でいちばん多かったのは、「本当に船の上で手術をしたんですか?」。ドラマの第一話に、島に赴任してきたばかりの主人公コトー先生が、虫垂炎に苦しむ漁師の息子タケヒロ少年を、本土へ搬送する漁船の上で、父親の反対を押し切り緊急手術するシーンがある。子どもたちは、そのことを言っているのだ。
 答えは、NO。これは漫画の中にあるエピソードだが、全くのフィクションである。先生は、子どもたちの質問に、こう答えることにしているという。「漫画もドラマもこの診療所がモデルになっていることは間違いありませんが、同じ手術でも、ドラマの中では違った設定になっているのが普通です。ただ、その中に離島医療の抱える問題や課題が入っていて、だから離島の人たちが見ても面白いし、なるほどと感激もするんです。あまり事実かそうでないかということには、こだわらずに見たほうがいいと思います」

 またある時、先生はシンポジウムの席で、「あの船上の手術は医学的におかしいのではないか。あんなものをドラマでやるとは何事だ」と、糾弾されたという。その時も「あのシーンは、医師と患者の信頼関係を一瞬にしてわからせるシチュエーション。それが劇的効果というものだ。だから、それが真実か真実でないか、そんなことは関係ないのではないか」とキッパリと言ってくださったという。この言葉に私は、いたく感動した。ドラマのプロデューサーでも、フィクションというものをこれだけ端的に表現できる人はいるだろうか。同時に感謝の気持ちがこみ上げてきた。私たちが先生をモデルにしたことで、こんな騒動に巻き込んでしまったのにもかかわらず、寛大な心でそのことを受け入れ、決してブレることなく、ドラマの意味まできちんと把握してくれている。この姿勢が、医師としての信頼を島民から一心に受ける所以だろうと思う。

 診療所には最近、ドラマ効果でたくさんの若いドクターや研修医が各地から勉強に訪れているという。「たがが漫画、たかがドラマと思っていたけど、されど漫画、されどドラマだね」と、先生はおっしゃる。「僕たちがどれだけ必死に頑張っても、それは小さな島の中だけのこと。それが、テレビのおかげで、こんなふうに広がったんだもんなあ」。その笑顔が、私にはちょっとうれしい。

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