月刊日本語(現 日本語教育ジャーナル)にて2007年4月号~2010年6月号まで連載

ことばのココロ 第9

デレデレ





 軽井沢生活から一転。公私共に諸々あって、都内のホテルにカンヅメになっている。放送中の連ドラ『ハタチの恋人』を集中して執筆するためである。今号が出るころには、すべての台本が完成していますように。イヤ、完成していなくては困るのですが。

 さて、この『ハタチの恋人』、主演の明石家さんまさんが、〝長澤まさみファン〟であることは、ご存じの方も多いだろう。この企画はそもそも、さんまさんが「長澤まさみちゃんとだったら、ドラマに出てもええなあ」と言ったその一言をTBSの辣腕プロデューサー八木康夫氏(以下、八木P)が聞き逃さず、超売れっ子のまさみ嬢に出演交渉し承諾を得たところに、端を発する。
 このドラマ、実は当初、二人の〝親子もの〟にしようと考えていた。しかし、企画を書き進めるうち、せっかくこの二人なのだから、何かもう少し冒険をしてみたいなあと思いはじめた。そんな私の脳裏に蘇ったのが、八木Pの〝あの日の顔〟である。
 去年の夏、やはり八木Pと一緒に映画『涙そうそう』の仕事をしていた時のこと。私は、ロケ地の沖縄に撮影見学に行った。撮影は、その日で無事終了。主演の妻夫木聡くん、長澤まさみちゃんを含め、八木P以下スタッフの人たちと数人で、沖縄市内の焼肉屋さんへ行くことになった。撮影クルーは、一カ月近く沖縄市に滞在していたので、皆でよくその焼肉屋さんへ通っていたようだ。
 リーズナブルで美味しい店なのだが、メニューの中に、〝ただ一種類〟ダントツに高くて、手が出せない「特上カルビ」なるシロモノがあったらしい。皆でテーブルを囲み八木Pがメニューを見はじめた時、スタッフの人たちが「まさみちゃん。言え。言え」と、何やら小声で囁き、目配せを始めた。すると、まさみ嬢、抜群の笑みを浮かべ、両手を胸の前で握り、〝オネガイ〟のポーズで、「八木さ~ん。『特上カルビ』が食べたいなあ! ウフフッ」と、のたまわったのだ! かなり芝居がかり、もちろんまさみちゃんもふざけて言ったその台詞に、八木Pは、これ以上ないというデレデレ顔で即答! 「も、もちろんいいですよ! どんどん頼みましょう!」 
 私が、八木Pと仕事をさせていただいて一〇年以上になるが、八木Pのこんな顔を見たのは初めて。脚本打ち合わせでは決して見せたことのないお顔であった。その意外な表情に驚くやらおかしいやら。そして、その様子が可愛らしくもあり……。この顔を思い出し、私は、五十男がハタチの女の子に本気で恋をし、デレデレしてしまう話を書いてみたくなってしまった。もちろんラブコメで。そして、企画書を書き直し、始まったのがこのドラマである。

 今でも時々その話になり、皆が八木Pをからかうことがある。すると八木P、「あの特上カルビ、沖縄にしては高かったんだよね。東京並みの値段!」と、突如いつもの厳しいプロデューサーの顔に戻るのであった。

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