月刊日本語(現 日本語教育ジャーナル)にて2007年4月号~2010年6月号まで連載

ことばのココロ 第29回

父と息子②

最高峰の犬 


 先月号で、わが家のラブラドールBONBON(♂)の父犬ベンが、日本警察犬協会主催の全国コンクール「日本チャンピオン決定審査会」に出場したことを書いた。ベンは、丸亀の訓練所から、この大会に出場するために上京した。私と夫は、ベンの息子BONBONを連れて見学に行ったのだった。

 最終審査に残ったラブラドールは、約一〇頭。それぞれにハンドラーがつき、審査員を前に芝生のリンクを一列に並び歩いていく。審査員は、犬の体型、骨の角度、太さ、被毛、耳の大きさ、顔、目の形、歩き方などを見て順位を決めるのだそうだ。一番優秀な犬が先頭を歩き、審査員の判断で順番が入れ替わる。出場犬は、皆、体重四〇キロはありそうな堂々とした体格。素人の私には、どの犬も立派で美しく見える。しかも、大きいのに威圧感がまったくない。なるほど〝最高峰の犬〟というのはこういう犬をいうのだと感心するばかり。
ベンは、いきなり一番先頭に選ばれ、歩きはじめた。突然の脳出血で倒れた所長に代わり、ベンを連れていたのは、現在訓練士修行中の所長の息子さんだった。
 審査の間中、後ろの犬に順位を替わられないかと、見ているこっちの方がドキドキしたが、ベンはついに最後まで一位を守り、見事日本一に輝いた。

 優勝が決まり、私たちがBONBONを連れ、控えのテントに駆けつけると、そこには、所長の奥さんや訓練士さんたちの輝かんばかりの笑顔があった。この日のために、何カ月もアスリートのように犬を鍛え上げてきたのだから、喜びもひとしおだろう。
 所長の息子さんが、優勝の楯を持って私のところにやって来て、そこに歴代のチャンピオンに並んでベンの名前が刻まれること、それは自分たちの訓練所では数年ぶり、二度目の栄誉であることなどをキチンと説明してくれた。去年、BONBONが生まれたと聞き、丸亀に遊びに行った時には「あぁ。どうも、どうも~」などと笑いながら私に話しかけ、「ちゃんと挨拶せんかい!」と所長に怒鳴られていた息子さんが、見違えるように立派に成長していた。
 お父さんが病気で倒れたことが、ここまで人をしっかりさせるのかと、私は、ベンの優勝以上に、実はそのことに内心感動したのだった。「所長も喜ぶでしょうねえ。いい結果が出せてよかったですねえ」と私が言うと、所長の奥さんは笑いながら、「『オレがおらんでも優勝できるンやないか!』とか言ってすねそう」と言っていたが、本当に嬉しそうだった。この優勝を励みに、所長には一日も早く元気になってほしいものだ。それにしても、いい息子さんがいてよかったとしみじみと思った大会であった。

 さて、犬の父子再会だが、BONBONはベンを見ると、ヨロヨロと(うちの犬は気弱で、なんとなくいつもヨロヨロしている)擦り寄っていき、「オトサン。オトサン。オヒサシブリデス」とクンクン匂いを嗅いでいたが、ベンは「フン。なんだ、コイツ!」という感じで、まったく相手にもしてくれなかったのであった。
 さすがチャンピオン(四四キロ!)、風格が違う。すごすごと退散したBONBONは、仕方なく〝人間のお父さん〟に擦り寄り、しょんぼり頭をなでてもらっていた。やはり、わが家の犬は〝最高峰〟には程遠い?



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