月刊日本語(現 日本語教育ジャーナル)にて2007年4月号~2010年6月号まで連載

ことばのココロ 第22回

─軽井沢生活2008夏─

事実はドラマよりも奇なり?③


 さて、今月は来日したアメリカ人ママ誘拐事件の顚末を。ハワイで国際結婚した大家さんの次女Tさんの姑タメラさんが、パキスタン人の親戚と名乗る一味に誘拐されたかもしれないという知らせを受けた東京の長男Kさん夫妻。
 タメラさんを救出すべく夜の一〇時過ぎに、大田区の自宅から車を飛ばし、青山のスーパー前で待機していた。しかし、待てど暮らせど車は来ない。
 その間にも、軽井沢の父からはジャンジャン電話が入る。「いいかK! 乗っているのは、タメラとパキスタン人の男と日本人の女だ。もう七時間も連れ回されているから、タメラは衰弱してる。車から降ろしたら、すぐにホテルへお連れしろ!」。「わかった、そうする」と切ると、また電話。「チェックインしたら、部屋までちゃんと送るんだぞ。つけられていたら困るからな」。「ハイ、お父さん」。と、また電話。「ああ、そうだ! できたらお前たちも隣の部屋へ泊まれ」。「ハイ……って、さすがにそこまではできないよ。部屋に送り届けたら俺たち帰るからね」。てなことで、待つこと四〇分。ようやくそれらしき車が、よろよろと走ってきた。Kさん夫妻に緊張が走る。中には誘拐犯が乗っているかもしれない。停車した車にそっと近づくと、運転席には外国人女性の姿、その隣に国籍不明の小柄な老女。タメラさんだ! と、思った瞬間、後部座席の大男が目に入った。暗がりの中、目つきの悪い顔でこちらを睨んでいる。やはり誘拐!? と身構えたその時、後部座席の窓がスルスルと開いた。そこから顔を出したのは、大男ではなく疲れ果て目が据わった大柄な白人女性……つまり、タメラさんだった。


 よくよく聞けば、運転手の女の子は、親戚の男の彼女アンジー(パキスタン人)で、助手席にいたのは男のお母さん。アンジーは、富士山から埼玉の自宅へ帰り疲れて寝てしまった彼の代わりに、タメラさんを車で都内へ送ることになったという。アンジーの不慣れな運転で右往左往しているところへ、ハワイの息子からママの携帯に電話。ママは初めての日本であちこち連れ回され極度の不安状態に陥っていたところへの電話に思わず泣きだしてしまったのだ。

 そんな事情も知らず軽井沢へ助けを求めた次女Tさん。それを聞いた大家さん宅では、たどたどしい日本語を話すアンジーをなぜかラリった日本人と思い込み、奥様が、ママ=お金持ち→誘拐と妄想し、そこへ親分気質のご主人が「タメラを捕獲(・・)しろ!」と、即座に長男夫妻に電話したのだった。
 ものすごいチームワークである。が、同時にものすごい勘違いの連鎖である。仕事場をお借りしている身で言うのも何だが、かなりのおっちょこちょい一家とも言えよう。しかもママの名は、誰が聞き違えたのかタメラ(・・・)ではなくパメラ(・・・)だった。Kさんは、ホテルのフロントで「お客様、この方はタメラさんではなく、パメラさんではないですか?」と言われたのに、「いいえタメラです!」と言い張ったのだそうだ。が、ふと見ると、ママはしっかりPamelaとサインしていた。
 当のパメラ(・・・)さんはあれほど憔悴していたのに、一晩ホテルで眠るとすっかり元気を取り戻し、早朝の新幹線で軽井沢へ着いたのであった。まさに、事実はドラマよりも奇なり。こんなコメディー、思いつきません。

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