月刊日本語(現 日本語教育ジャーナル)にて2007年4月号~2010年6月号まで連載

ことばのココロ 第20回

─軽井沢生活2008夏─

事実はドラマよりも奇なり?①



 今年も夏から軽井沢に借りた仕事場に来ている。今回は、縁あって四国からやって来たラブラドールの仔犬と一緒。日に三度餌をやり、排便させ、寝付くまでなだめたりと、なんだか子育てしている気分。執筆と犬の世話でヘロヘロの毎日だが、同じ敷地内に住む大家さんもラブラドールを飼っていらっしゃり、躾のご指導ご鞭撻賜っている。私はほぼ毎日、午後になると仔犬を連れて、軽い散歩に大家さん宅へ。広い玄関先につないで、遊ばせてもらっている。
 さて、その大家さん宅は、普段はご夫婦とおばあちゃまの三人暮らしだが、お子さんが五人もいる大家族。お盆には、お孫さんを含む老若男女一五人が、一つ屋根の下に集うという賑やかさだった。さらに今年は、ハワイ在住の次女が、アメリカ人男性と結婚、その彼のママがテキサスから挨拶に来るという。

 ハワイの新婚夫婦とテキサスのママが、東京で落ち合い軽井沢へ来る前夜、私は大家さん宅の夕食に招待され、先乗りの長女と三女のご家族と楽しいひとときを過ごしていた。その電話が鳴ったのは、夜の九時過ぎだった。ハワイから次女のTさんが泣きそうな声で、SOSの電話をかけてきたのだ。どうやらテキサスのママは一足先に日本に来て、東京に住む親戚のパキスタン人男性を頼り、富士山を観光する予定だったらしいのだが、ママの様子を聞くためにTさんがママの携帯に電話をかけたところ、「もう七時間も飲まず食わずで、車であちこち連れ回されている! 泊まろうとした宿もない」と、泣いているというのだ。
 「お姉ちゃんどうにかして!」というハワイからの電話に、二児の母の長女Mさん、乳飲み子を抱えたまま、慌ててママに電話すると、やはりママは混乱している様子。Mさんが英語ペラペラなのにも感心したが、果敢にも今度は、同乗のパキスタン人に電話を代わらせ、事情を聞きはじめた。今度は日本語である。「あなたたち、今どこにいるんですか? 和光市? そこにママを泊めようとしたけど、嫌がっている? いいですか! ママの身に何かあったら、警察へ連絡しますよ!」。Mさんは、声を荒げる。周りで聞いていた私たちは驚き、Mさんを見つめた。するとMさんは、蒼白な顔で言った。「この子、おかしい。ラリッてるみたい。どうしよう、ママの身に何かあったら」 電話に出たのは、日本人の若い女の子らしい。しかし薬物か何かをやっている様子で、話が全然通じないと言う。
 「どういう子なの?」。誰かが聞くと、「日本人なのにアンジーっていうのよ。ニックネームかなんだか知らないけど、ふざけてると思わない? 車はどうもパキスタン人の親戚の男が運転してるみたい。ママはもうこんな車に乗るのはいやだって」「ママはテキサスのお金持ちなんでしょう?」。奥さんがポツリと言った。「まさか、お金目当ての誘拐?」


 その時、ずっと黙っていた大家さんが口を開いた。「ママの名前は何ていうんだ!」。「タメラよ!」とMさん。「乗っているのは、アンジーとパキスタン人とタメラだな。よし! Kをそこにやろう! タメラを捕獲(・・)だ!」
Kというのは、東京在住の長男である。こうして、ハワイ・東京・軽井沢を結ぶタメラ捕獲作戦が始まった。(次号に続く)



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