2005年9月より2007年8月まで、仙台市のフリーマガジン『いずみっぷる』に掲載

ドラマな日々 第15回

女性脚本家の最終兵器  





 かれこれ十数年前。私がまだラジオの構成や、単発ドラマの仕事を細々としていた頃。共同脚本ではありましたが、初めて連続ドラマの話をいただきました。最初にオファーした女性脚本家が、つわりがひどく執筆は無理とのことで、急きょ三人の新人ライターに声がかかったのです。急な仕事で、オンエアまで時間はなかったし、私に連ドラなんて書けるかしら……と、緊張しながらも、そこは仕事をもらった嬉しさで、勢い込んで番組制作会社へ出かけて行ったのでした。オフィスには、すでに“Sさん”というライターが来ており、プロデューサーは彼女を私に紹介すると「もうひとりの方、ちょっと遅れるので、ここで待っててもらえますか」と言い残し部屋を出て行きました。“Sさん”とは同い年で共通の友人がいることもわかり、呑気に世間話などして待っておりました。(このノー天気さは、新人ゆえに連ドラ執筆の大変さが、実感としてなかったからでありました。今だったら絶対引き受けない!こんな恐ろしい仕事!絶対に!)
 さて。数十分後、現れたもうひとりの新人ライター“Tさん”。ミニスカートのおしゃれな彼女のお腹は、スタイルがいいのにそこだけがポコッと出っ張っている。そう“Tさん”はその時すでに妊娠5ヵ月。なのに、それをものともせずやって来たのです。そうして私達の共同執筆が始まりました。三人同時に書き始めたのはいいが、なんせ連続ドラマです。前の話が判らなければ、物語が繋がらなくなってしまう。で、担当の話を書く前に一応“これこれこういう話で、ここまでで終わるので次にバトンタッチね”と決めるのですが、それがプロデューサーと脚本を直しているうちに、その通りにはならなくなってくる。そうなると、それに合わせて次の人はせっかく先行して書いていたものを、全部書き直しすることになるのです!「前に言ってたことと違うじゃないですか!」「え?もう前の回でキスしちゃった?じゃあ私はどうすればいいんですか!」時間はないし、なのにプロデューサーは粘って少しでも面白くしようと脚本の直しを要求してくるし、喧々囂々、夜毎深夜まで女たちとプロデューサーたちとの戦いは繰り広げられました。が、もめればもめるほど、ライター陣の結束は固くなり、まさに苦労を共にして書き上げていったのです。
 ところが、ここで裏切り者が出ます。何を隠そうこの私です。以前に出していた企画が急に通り、単独で連ドラを書けることになったのです。私が恐る恐るその話を持ち出した時。この二人は本当にカッコよかった。「チャンスじゃない!がんばって書きなさいよ。あとは私達に任せて!」「あ。あ……。ありがとう」涙ちょちょぎれながら、私は単独で連ドラ執筆へ。それが私の連ドラデビュー作「悪魔のKISS」でした。数ヵ月後。共同執筆のドラマのオンエアが終わり「悪魔のKISS」も書き上げた頃。“Tさん”に無事赤ちゃんが生まれました。「あの後どうだったの?大変だったんじゃ」と聞くと、「そりゃ大変だったわよ。どんどんお腹は大きくなって、机には手が届かなくなるし。腰は痛くなるし」と言いつつ、Tさんはニヤリと笑い言ったのです。「でもさ。すごい手があったのよ。絶対脚本を直したくない時に、こう臨月の大きなお腹を押さえてね。“イタタタタ。ああ。この子も直すのイヤだって言ってます!”と言うとね。さすがに言うこと聞いてくれたわよ。プロデューサーも!」その後“Tさん”は、第二子も出産しながら仕事を続け、今では名前を出せば絶対に判る脚本家となり、NHKの朝の連ドラも手懸けています。嗚呼。母は強し。私も一度使ってみたかったその手。残念ながら妊娠も出産もしたことのない私には、縁のない最終兵器となってしまいました。
 イヤ、まだチャンスが!……あるわけないか。


*2006年11月号掲載*























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